なぜ親は「好きなことを仕事に」というキャリア観に戸惑うのか?世代間の価値観のギャップ
自分のキャリア選択、親はなぜ理解してくれないと感じるのか
「好きなことを仕事にするのが一番」──現代では多くの人が共感する考え方かもしれません。特に変化の速いIT業界などで働く方の中には、自身の興味や関心を追求する形でキャリアを築いている方もいらっしゃるでしょう。しかし、そうしたキャリア選択や仕事への価値観について、親世代(特に親御様)から理解を得られず、戸惑いや心配をされることがあると感じている方も少なくないようです。
「そんな不安定な仕事で大丈夫なの?」「もっと将来性のある、誰でも知ってる会社の方が安心じゃないの?」といった言葉に、自身のキャリアを否定されたように感じたり、モヤモヤした気持ちになったりすることもあるかもしれません。なぜ、自分のキャリア選択、特に「好きなこと」や「興味」を重視する姿勢が、親世代には理解されにくいのでしょうか。そこには、育ってきた時代や社会情勢の違いに起因する、キャリアや仕事に対する価値観の大きなギャップが存在します。
親世代が「安定」を重視する背景
親世代、特に現在60代以上の多くの方がキャリアを形成された時代は、高度経済成長期からバブル期にかけての時期と重なります。この時代は、特定の会社に長く勤める終身雇用制度が一般的であり、年功序列で給料が上がっていくことが多くの人にとって当たり前でした。
社会全体が右肩上がりの成長を経験していたため、「大きな組織に入り、与えられた仕事をこなし、勤続年数を重ねれば、自然と生活が豊かになり、将来も安定する」という価値観が強く根付いていました。リストラや会社の倒産といったリスクは少なく、安定した雇用と経済的な保証こそが、家族を養い、自身の人生を豊かにするための最善策であると考えられていたのです。
この時代を生きてきた親世代にとって、「安定した会社に勤めること」「一つの組織でキャリアを積み重ねること」は、自身の経験から導き出された、最も信頼できる成功の形であり、子どもへの愛情表現として「安定」を願うのはごく自然なことと言えます。
現代のキャリア観と「好きなこと」を仕事にするということ
一方、現代社会は、終身雇用や年功序列といったシステムが崩壊し、変化の激しい時代です。グローバル化やテクノロジーの進化により、新しい産業が生まれ、既存の産業構造が変化し、個人を取り巻く働く環境は大きく変わりました。
特にIT分野など専門性の高い領域では、所属する組織よりも、個人が持つスキルや経験、そして変化への適応力が重視される傾向にあります。一つの会社に縛られず、プロジェクトごとに働く、フリーランスとして独立する、異業種に転職してスキルを活かすなど、多様な働き方やキャリアパスが存在します。
こうした環境では、「何が将来安定しているか」を見極めること自体が困難であり、むしろ「変化に対応できる自分自身の能力」や「働き続けるための学び続ける姿勢」が重要視されます。そして、学びや成長のモチベーションを維持するためには、「好き」や「興味」、「やりがい」といった内発的な動機が非常に強力な推進力となります。
「好きなことを仕事にする」という現代的なキャリア観は、単に楽しいことだけをして生きていくという意味ではありません。それは、自身の情熱や好奇心をエネルギー源として、未知の分野に挑戦したり、困難を乗り越えたりすることで、変化の速い時代を生き抜くための「自己成長」や「専門性の深化」を目指す姿勢なのです。
世代間の価値観ギャップを埋めるコミュニケーションのヒント
親世代の「安定」を願う気持ちと、現代を生きる私たちが「好き」や「成長」に価値を見出すキャリア観。このギャップを理解し、より良い関係を築くためには、どのようなコミュニケーションが有効でしょうか。
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親世代の価値観の背景を理解する視点を持つ: 親御様が「安定、安定」と言うのは、あなたへの愛情の裏返しである可能性が高いです。彼らが育った時代においては、それが最も安全で幸福な道だと信じられていました。まずは、その根底にある親心と、彼らがその価値観を持つに至った社会背景に思いを馳せてみることが大切です。頭ごなしに否定せず、「そういう時代を生きてきたから、そう考えるんだな」と理解しようとする姿勢を持つことが、対話の第一歩となります。
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「好き」を具体的な「強み」や「将来性」に置き換えて伝える: 「好きなこと」という言葉だけでは、親世代には趣味の延長のように聞こえ、仕事としての安定性や将来性が見えにくい場合があります。あなたの仕事の「好き」が、具体的にどのようなスキルに繋がっているのか、そのスキルが将来どのように役立つのか、社会にどのような貢献ができるのかを、より具体的に説明してみましょう。
- 「ただゲームが好きだからゲーム開発をしている」ではなく、「新しい技術を学ぶのが好きで、最先端のプログラミング言語を習得し、これからの社会に不可欠なシステムの開発に携わっている。このスキルは、今後も需要が高まる分野で活かせる。」のように、具体的な技術力や将来の展望を説明する。
- 「好きな分野のサービスだから」ではなく、「ユーザーの課題を解決することにやりがいを感じる。この経験を通じて、問題解決能力やコミュニケーション能力が磨かれ、どんな状況でも対応できる力が身についている。」のように、普遍的なスキルや成長をアピールする。 自身の「好き」が、単なる個人的な関心ではなく、社会で通用する専門性や、変化に対応できる能力の源泉となっていることを伝えるのです。
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具体的な仕事内容や成果を共有する: 親世代は、あなたの仕事が具体的にどのようなものかイメージできていない場合が多いかもしれません。「ITエンジニア」と聞いてもピンとこない親御様もいらっしゃるでしょう。あなたが普段どのような仕事をしているのか、どのようなプロジェクトに関わっているのか、最近達成できた小さな成果は何かなど、具体的な話を分かりやすく伝えてみてください。可能であれば、あなたの仕事が関わるサービスや製品について、親御様にも身近な例を挙げて説明すると、より理解が進む可能性があります。
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「安定」に対する考え方の違いを伝える: 親世代が考える「安定」と、現代の私たちが考える「安定」は異なる場合があります。組織への帰属による安定ではなく、「自身のスキルや経験に裏打ちされた、どこでも通用する力」による安定、つまり「食いっぱぐれない力」が現代的な安定と言えます。 「お母さん(お父さん)が考えてくれる安定も大切だと思う。でも、私の仕事は常に新しいことを学ぶ必要があって大変な面もあるけど、その分、どんな時代になっても自分で考えて道を切り開いていける力が身につくと思っているの。私にとっては、これが今の時代に必要な安定だと思うんだ。」のように、親御様の価値観を認めつつ、自分自身の「安定」の定義を丁寧に伝えてみましょう。
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完璧な理解を目指さない: 世代間の価値観のギャップを完全に解消することは難しい場合もあります。無理に全てを理解してもらおうと気負う必要はありません。「お互いの考え方を理解しようと努力する姿勢」が大切なのです。たとえ完全に同意してもらえなくても、「なるほど、あなたはそう考えているんだね」と、あなたの考え方や生き方を一つの選択肢として認めてもらうこと、それが関係性の改善に向けた重要な一歩となります。
違いを尊重し、歩み寄ることから
親世代と私たちの間にあるキャリア観のギャップは、社会や時代の変化によって生まれた自然なものです。どちらの価値観が優れているということではなく、それぞれがその時代を生き抜くために培われてきた知恵と言えます。
自分のキャリア選択に対する親御様の戸惑いや心配の背景には、あなたの幸せを願う深い愛情があります。その愛情を受け止めつつ、自身の価値観や考え方を根気強く、そして分かりやすい言葉で伝えていく努力が、世代間の溝を埋め、より穏やかで、お互いを尊重できる親子関係を築くことに繋がるのではないでしょうか。完璧な理解ではなく、違いを認め合い、歩み寄ることから始めてみましょう。